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【宮河社長対談連載】第二回 後編 市川海老蔵さんと語る「ニューノーマルのエンターテインメント」

バンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長が、社内外のゲストと「新しい生活様式」にまつわるさまざまなことについて対談する連載。第二回目のゲストは、歌舞伎俳優・市川海老蔵さんです。後編となる今回は、コロナ禍でのエンターテインメントの可能性を語っていただきます! お二人の出会いやお互いに感じる魅力を伺った前編はこちら

7か月におよぶ公演自粛期間。市川海老蔵さんがコロナ禍で考えたこと

市川海老蔵さん
十一代目市川海老蔵さん 2007年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。十三代目市川團十郎白猿襲名予定。歌舞伎の他にも舞台やドラマなど多方面で活躍。

――今年はコロナ禍で多くのエンターテインメントが公演の中止や延期を余儀なくされましたが、海老蔵さんの舞台も9月に開幕した『古典への誘い』まで7か月ほど自粛期間が続いたと思います。この間、どんなことを考えてどう過ごしていらっしゃいましたか?


市川:私自身も息子も、コロナ禍でなければ、本来は襲名披露公演があって、十三代目市川團十郎白猿と八代目市川新之助を襲名する予定でした。まずはそれを楽しみにしてくださっていた方への「申し訳ない」という気持ちが先行していました。数週間はそのことをずっと考えていました。ただそんななか、まだ役者名を持っていない息子のほうは淡々としていたのです。それを見て「ああ、彼のほうがもっと複雑な状況にいるのに。自分のほうがまだましなのだから、しっかりしなくては。」と思ったのを覚えています。そこから家族の時間をより大切にするようになりました。

――なるほど。ご家族が気づかせてくれたんですね。

市川:これまで私はなかなか家にいられなかったですし、子どもたちに向き合ってきたつもりでも、それはあくまで“つもり”であって、実際に一緒に過ごす時間を増やしてみると、普段は見えていなかったことがいろいろと見えてきました。それは私にとって、とてもプラスだったと思います。

多くの人々にとっても、この期間で加速したことがたくさんあったのではないでしょうか? コロナによって止まったものもありましたが、同時に新しい思考に対する進み具合が、100倍ぐらい速くなっているとも思うのです。私にとっては、家族と充実した時間を過ごすとともに、物事をいろいろと整理して、新しい歌舞伎のスタイルやエンターテインメント業界の未来を改めて考えるような期間でもあったように思います。

宮河:このコロナ禍でその100倍のスピードを体感した方は、絶対にこれからの人生が変わると思いますし、まだあまり体感されていない方も、今からでもそれを積極的に体感したほうが絶対にいいですよね。それはライブやイベントにも言えることで、僕らの場合はその変化を受けて、フィジカルなものとデジタルなものとをどう融合させるかを考えていく必要があります。この間、ようやく5,000人規模のお客様が入るイベントを実施したのですが、そのときにも「人が入ると、やっぱりいいですね」と実感しました。これまで当たり前だったもののすばらしさや貴重さに改めて気づかされましたね。

バンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長『機動戦士ガンダムSEED』や『機動戦士ガンダム00』といった00年代の作品に関わり、2010年代のグループコンテンツ×ライブ事業を支えたことでも知られる。

市川:そうですよね。あくまで現場にお客様を入れないというだけで、それを“無観客公演”と呼ぶのが正しいかどうかは分かりませんが、現場にお客様がいない状況を体感したことと、そのうえでお客様が入るということ――。この経験は、私もむしろ、今後のエンターテインメント界の充実につながるものだと思っています。

コロナ禍で生まれた新たな可能性、「エンターテインメント」の変化とは?

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

市川:私の歌舞伎に関して言えば、伝統文化を守りつつ、新しい形を模索しながらやっていくことが大前提になったと思っています。つまり、「古典」が大前提ではなくなった。もちろんデジタル技術と融合していくこともできますし、お客様が現場になかなか来られないなかで、エンタメ会社の方々と一緒に何かおもしろいことを考えたりもできるかもしれません。そのように、私自身の活動の範囲が増えたのを感じています。

私はエンターテインメントの家で生まれ、伝統文化の中で育ちましたが、それだけではいかんぞと。たとえば、画家のレオナルド・ダ・ヴィンチは、名前が「ヴィンチ村のレオナルドくん」という意味だそうですが、その村には、機械もつくるし、星も観測するし、解剖もするし――いろんな才能を持った人たちが集まっていて、そこで彼は絵画以外のさまざまな文化に触れたといいます。つまり、1つのことに集中するのではなく、幼少の頃からさまざまなことに触れ、経験していた。ですが日本の場合、歌舞伎だったら歌舞伎、陶芸だったら陶芸というふうに、ひとつのものを突き詰めることが美徳である、という常識が強くありますよね。もちろんひとつのものを突き詰めることで、グローバルに活躍できることもあるとは思うのですが、それができるのは本当に一部の人だけだとも思うのです。エンターテインメントとして「歌舞伎」があるならば、それ以外の分野にも自分の居場所を広げていくことで、歌舞伎やそれを取り巻く人々にも還元できるものがあるだろうと。

またコロナ禍においては、いろいろな垣根を越えて、個人と個人がよりつながりやすくなっていますよね。人と人との個のつながりの重要性が、増してきたような感覚があります。

市川海老蔵さん

宮河:それはすごく重要なお話ですよね。僕自身も、とあるミュージシャンとのお仕事を進める際に、会社との相談は一番最後にしたことがありました。これにはすごく大きな意味があって、そうやってまずは個人でやりとりするほうが、いいものができる場合があるんです。

――『ガンダム』シリーズの音楽に関しても、そういった機会があったそうですね。

宮河:そうなんですよ。

市川:そういった形で『ガンダム』というあの大きなシリーズが成立できたと考えると、やはりいろいろなことに当てはめられるのかと思います。私はバンダイナムコエンターテインメントさんのオフィスについてもすごいなと思いました。今お話ししているこの部屋も、会議室なのか、遊び場なのか、ゲームセンターの延長上にあるものなのか、食事をする場所なのか――。一見、何の部屋なのか分からないですよね。でも、こうした空間ができるのは、宮河社長がこういう方だからこそだと思います。ここに来られただけでもとても勉強になります。

バンダイナムコ未来研究所「LIVE-RALLY SQUARE」
宮河社長と海老蔵さんが対談を行ったバンダイナムコ未来研究所「LIVE-RALLY SQUARE」

宮河:あまりきっちりしすぎてしまうと、ドキドキしてしまいますよね。それよりも、クリエイティブなものが生まれるような空間のほうが、価値が上がると僕は思っているんです。今はコロナ禍の影響で在宅ワークの割合が増え、うちの会社も出社率は3~4割になっています。ただ、作業は自宅でいいけれども、クリエイティブなことは顔を突き合わせてしてほしいということは社員のみなさんにお願いをしています。来年ぐらいにもし今よりも状況が落ち着くことがあれば、「3時のお茶の時間には、会社に来てね」とキャンペーンを張りたいくらい、みんなで一緒に談笑して、また帰っていく、ということは大切だと思っているんです。

市川:3時のお茶だけでいいんですか?

宮河:それが大切なんですよ。

市川:いいなぁ。私もバンダイナムコエンターテインメントさんに入れていただきたい。

市川海老蔵さん

「生のエンターテインメントの価値」はさらに高まる。それを守るために今できること

――宮河さんは、今後のエンターテインメントの変化について、どんなことを考えておられますか?

宮河:僕は「生で楽しめるエンターテインメントってすばらしいな」ということを、これから多くの方が再認識していくのではないかと思っています。もう一度生でライブを観たり、そこで観客の皆さまが声を出せるようになったりしたときに、「この空間ってこんなに貴重だったんだな」と、改めて感じることになると思っているんです。生のエンターテインメントに携わる人たちが「ほら、これっておもしろいでしょ?」と言えるような環境を、僕たちがつくっていかなければならないと思っています。

市川:これは観阿弥世阿弥の時代から実証されていることなのですが、実は生のエンターテインメントに触れることで健康になる、長寿になるというデータも出ています。観ない人と観る人では、観る人の方が寿命が延びる、と。

宮河:なるほど。それはおもしろいですね。

宮河恭夫社長

市川:デジタルで観ているものに関してはエビデンスがまだ出ていないのですが、少なくとも生のエンターテインメントでは、それがどれだけ目の前のお客様を興奮させて幸せにしているかということが、すでに結果として出ています。ですから、コロナ禍においてその付加価値が高まるということを、我々は考えていく必要があると思っています。

――海老蔵さんは、ご自身の公演でリアルと配信とのバランスをどう考えておられますか?

市川:今はいつ新型コロナウイルス感染症が収束するか分かりませんから、現場で観ていただくことと配信で観ていただくことについては、このままのバランスで行くしかない、いたしかたないと思っています。ただ、オンラインでも観られるからこそのいい面もあって。私の7か月ぶりの舞台となった『古典への誘い』でも、その開口一番の台詞を、日本だけでなくアメリカやヨーロッパでも同時に観ていただくことができました。これは今までなかなかできなかったことですし、むしろ今まではやってはいけないことだったのかなとも思います。それを個人の公演で、自分自身でやることができたというのは、とてもいい経験でした。今後どう続けていくかについては、今は塩加減をみるような塩梅調整の時間です。

市川海老蔵さん

宮河:このコロナ禍によって、それまでは「ネットの配信なんてダメです」と言っていた人たちも、今はどんどん配信せざるをえなくなっていますが、それと現場での生のエンターテインメントがどう繋がるのかを、今こそしっかりと考える必要があると思っています。

市川:たとえば、何らかの事情で会場に足を運ぶのは難しい方が配信で公演を観て、「よし、次は(現場に)行くぞ」と思ってくれたりするかもしれません。そんなふうに、生の芸能や舞台、イベントの楽しみ方に「序破急」ができてきたということだと思っています。

宮河:そうですよね。「来るか/来ないか」ではなくて、「来るか/観るか」という形に変わってきていると言いますか。会場に来られる方は来るでしょうし、来られない方は、別の方法で楽しむことができる。そして会場に来たいとき、来られるときがきたら、そのときは会場に来ていただければいい。そうやってフレキシブルに楽しめるのはいいことですよね。

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

「良いものは良い。美味いものは美味い」。今だからこそ、良いものをつくることの大切さ

宮河恭夫社長

――そうした環境を上手く整えていくことも、おもしろいエンターテインメントを広げる助けになるということですね。先ほど、距離や時差に限らず世界のさまざまな方に観てもらえるというお話がありましたが、世界を舞台にする際に大切にしていることはありますか?

宮河:僕はもともと、日本と世界の垣根を意識したことがあまりないんです。特に今は、インターネットの普及などによって、おもしろいものは自然に広まっていきますよね。ですから、「これはアメリカで人気が出るだろう」「これならヨーロッパの方々が楽しんでくれるだろう」と考えてつくったものは、僕はひとつもありません。もちろん、土地ごとに宗教や慣習などいろいろな違いはありますが、まずは我々が「良い!」と思ったエンターテインメントをつくることを大切にしています。

市川:食にたとえてみても、たとえば日本の中だけでも地域によって味の違いがありますが、結局のところ美味しいものは美味しいし、良いものは良い。ただ、実際にその“良いもの”をつくることが大変だというお話です。それは歌舞伎もそうなのではないかと思います。何百~何千に近い演目がある中で、いまだにつねに回っている演目って、百もないわけです。また、歌舞伎は日本人ですら解読が難しい日本語を使う芸能でもありますが、その中でも、人の心を打つもの、普遍的なものがあります。

――お二人にとって、その“良いもの”をつくるための原動力とはどんなことなのでしょうか?

市川:私は結局のところ、「生きている」からでしょうか。今を生きて今を体感しているからこそ、過去の自分では分からなかったことが分かるようになる。過去の自分だって一生懸命やっていて怠けていたわけではないけれども、でも今の自分にはそのときには分からなかったことが分かっている。今の自分が自分にとっての最先端で、そこにどんなふうに共感していただけるのかということは常に考えていることです。

市川海老蔵さん

宮河:これはとても深いテーマですが、“良いもの”というのは人によって違うと思っていて。ときには多くの人に受け入れられる「最大公約数」を取ることもありますが、同時に、30万人だけが「良い」と思ってくれるものをつくる必要もあると僕は思っているんです。そしてこの塩梅がとても難しいんですよ。ですから僕は、1,000万人にウケるものと、100万人にウケるものは分けて考えています。1,000万人にウケるものを目指すというだけでは、不十分な気がしてしまいます。そして同じように、100万人にウケるものだけをつくるというのも、それはそれで僕は不十分な気がしてしまう――。

市川:ああ……すばらしいお話ですね。

宮河:僕としては、その両方がつくれるような場所でありたいと思っているんです。この2つのアプローチは全然違うんですが、でもそれがすごくおもしろいと思っています。

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

【取材後記】
前後編に分けて、コロナ禍のエンターテインメントについて語ってくださった宮河社長と市川海老蔵さん。お二人に共通して感じられたのは、コロナ禍をピンチと考えるのではなく、むしろ新しい可能性に踏み出せる機会だと考えていることでした。これからのエンターテインメントは、果たしてどうなっていくのでしょうか? そのゆくえが、ますます楽しみになりました。

前編記事はこちら

【宮河社長対談連載】
第一回 前編 『アイマス』坂上P&『鉄拳』原田Pと考える「リモート時代のエンターテインメントづくり」
第一回 後編 『アイマス』坂上P&『鉄拳』原田Pと考える「テクノロジーが変えるエンターテインメントの形」

取材・文/杉山 仁
フリーのライター/編集者。おとめ座B型。三度の飯よりエンターテインメントが好き。