【宮河社長対談連載】第二回 前編 市川海老蔵さんと考える「ニューノーマルのエンターテインメント」

バンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長が、社内外のゲストと「新しい生活様式」にまつわるさまざまなことについて対談する連載。第二回目のゲストは、歌舞伎俳優・市川海老蔵さんです。前編となる今回は、お二人の出会いやお互いに感じる魅力を聞きました!

コロナ禍にエンターテインメントの未来を模索するなかで出会った二人

左からバンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長、市川海老蔵さんv
左からバンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長、十一代目 市川海老蔵さん

――そもそも、お二人の出会いのきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

宮河:もともと共通の知人から、「ぜひ紹介したい人がいる」という話をもらったことがきっかけで。そして、今年の6月に海老蔵さんがこのバンダイナムコ未来研究所にいらっしゃいました。そこで「初めまして」と言う挨拶からはじまって、いろんな話をしたんですが、僕はもともとサンライズ(※自身が代表を務めたアニメーション制作会社)時代から(歌舞伎の興行を手掛ける)松竹さんと映画のお付き合いがありましたし、これまでライブエンターテインメントを手掛けてきたこともあり、「歌舞伎の状況はどうですか?」というお話をさせていただきました。

宮河恭夫社長
バンダイナムコエンターテインメント宮河恭夫社長 『機動戦士ガンダムSEED』や『機動戦士ガンダム00』といった00年代の作品に関わり、2010年代のグループコンテンツ×ライブ事業を支えたことでも知られる。

市川:そうですね。6月というと、ちょうど歌舞伎が再開するかしないかというころで。

市川海老蔵さん
十一代目市川海老蔵さん 2007年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。十三代目市川團十郎白猿襲名予定。歌舞伎の他にも舞台やドラマなど多方面で活躍。

宮河:コロナ禍で歌舞伎が再開する、それも今までとは違う動きで再開するというタイミングで、僕と海老蔵さんは出会うことになったんです。

市川:コロナ禍でどう動いていいのか分からない状況の中での出会いでした。

「海老蔵さんは生き方がロック」。新たな挑戦を続ける伝統芸能のトップランナー

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

――宮河さんは、海老蔵さんにどんな魅力を感じていますか?

宮河:海老蔵さんは歌舞伎という伝統芸能の世界で活躍されている方ですが、もとを正すと歌舞伎は最初から伝統芸能だったわけではなく、かつてはかなり斬新なものでもあったと思うんです。それが長く続くことによって伝統芸能になる――。そのなかで、海老蔵さんが新しいことに挑戦して、いろんなものを壊されている姿が、僕としては「ロックな生き方だな」と思っていました。

僕も同じように絶えずいろいろなものを壊していくことを大切にしてきました。そういえば先週、知人と「ロックとは何か?」という定義について話していたんですが、ロックには「30代以上の大人は信用するな(Don’t trust anyone over thirty)」という言葉がありますよね。それもあって、僕自身はもう60を過ぎているけれども、気持ちだけは「大人は信用するな」と思って生きているというか。海老蔵さんも、活動などを拝見していると「生き方がロックだな」と感じます。

市川:今おっしゃっていただいたように、そもそも歌舞伎とは、出雲阿国という女性が出てきて、野郎歌舞伎やいろいろな形を経て今の歌舞伎になりました。そして明治維新のあたりで九代目・市川團十郎という方が改革をしてから格式がぐっと上がって、さらに第二次世界大戦後の七十数年間でより伝統化されました。

私としては、それをありがたいと感じると同時に、先祖が格上げしたことによって失われたものもあると思っています。それは、パッション、情熱、スピリット――つまり、「傾く(かぶく)」精神のことで。もしも歌舞伎が数字をはじき出す演劇でしかなくなってしまうと、それは伝統文化としての「歌舞伎」の本来の精神を失ってしまう。その点で、私はもっと歌舞伎役者の本質を求めなくてはならないと思っている数少ない歌舞伎俳優なのだろうな、とは思います。

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

宮河:そういう姿がめちゃくちゃカッコイイなと。僕も同じで、これまで仕事をしてきた中で、まだ誰もやっていないことを最初にやりたいと言うと、たいていの場合、その時点では周りの全員に反対されてきました(笑)。そのしんどさが分かっているからこそ、いろいろな外圧がある中でも自分の生き方を貫く海老蔵さんに魅力を感じているんです。だって、同じことをやっているほうが絶対に外圧はないわけで、何か新しいことをはじめるからこそ外圧がガッとかかるわけですからね。

市川:やはり同じことをやっているだけでは伸びしろがないと思います。みんなが反対するものに実は伸びしろがあるものも存在するのに、まだまだ「安心」や「変化のないこと」と、「人間の安住」はイコールになっている部分があります。

けれども今コロナ禍でいろいろなことが変わりゆくなかで、そろそろそういう考え方はリスクだということに気づかなくちゃいけない。そう思っているからこそ、新しいことをやって外圧がかかっても、私としては「へえ?」という気持ちです。これは歌舞伎界にも先人がいたからこそ、昔に比べると私の世代のほうがやんわりできているのかもしれません。三代目の市川猿之助、五代目の坂東玉三郎、十八代目の中村勘三郎――。そうした方々が少しずつ変えてきてくださったからこそ、私もある程度やりやすかったという気持ちが正直あります。

市川海老蔵さん

市川:とは言っても私は市川團十郎家、つまり市川宗家なので、古典である「歌舞伎十八番」や「新歌舞伎十八番」は絶対にやりますし、大きく変化はさせません。それは私の絶対にブレない部分です。ただその一方で、その座布団に座り続けるほど阿保ではないだろうということも、自分に言い聞かせなきゃいけないと思っています。

宮河:もし自分がその世界に生きていたら、「安住の世界もいいかな?」と思ってしまうかもしれません(笑)。

左から宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

市川:私はもともと、先を見てしまうタイプで。歌舞伎の未来についてもそうで、「伝統文化」「伝統歌舞伎」とは何なのかと考えたときに、それは諸先輩方や父から私へ伝承するべき荷物を預かるということであって、私はそれを息子や後続に渡さなければいけません。そのため、自分ひとりのことを考えた人生設計は、小学校ぐらいのころにはもうありませんでした。そのころから、次のジェネレーションはどうやっていくべきかを考えつつ大人になりました。私の子供たちが歌舞伎をやるときには歌舞伎の定義が変わってくるだろう、ということもずっと考えてきましたし、コロナ禍によってエンターテインメント業界が大きく変化する今も、この変化に対してどう新しいプラットフォームができるのか、歌舞伎はどう新しいものになっていくのかを考えています。

一方で、ゲーム業界は展開のスピードが速そうですし……きっと寝ている暇はないですよね? 歌舞伎の場合は一週間から二週間は落ち着ける時はあって、舞台の公演中も舞台だけに集中して一生懸命やっているので、ある意味悩みごとはありません。ですが、ゲーム業界では、そうはいかなさそうですよね。

宮河:たしかにゲームの場合は、一週間から二週間といったような公演期間はありませんから、そういう意味ではずっと仕事が続いているような感覚はあるかもしれませんね(笑)。

「ゲームは仮想現実に対するアプローチの仕方」。海老蔵さんが考えるゲームと、エンターテインメントの未来

市川海老蔵さん

――海老蔵さんは、ゲームのようなテクノロジーをつかったエンターテインメントをどんなふうに見ていらっしゃいますか?

市川:これからの時代、さまざまなエンターテインメントとゲームの間にある垣根はどんどんなくなって、いろんなものが融合していくだろう、と思っています。実際そういうものはたくさんあります。たとえば、「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル」のような場所で、海老蔵を活用した歌舞伎のイベントができるかもしれません。そういったことが、今日の会話の中で現実になるような気もしています。

宮河:きっと何かできるかもしれませんね。また、ジャンルがなくなってきているのはとてもおもしろいですよね。日本人はもともとジャンルで分けて考えがちなところがありますが、僕自身それではダメだと思っていますし、今後ジャンルを壊す人たちが中核を担うようになってきたら、もっとおもしろい世界になるんじゃないかと思っています。

市川:こうしたことを社長さんが考えていらっしゃって、この感覚を共有できる社員の方々がいて――。だからこそ、今のバンダイナムコエンターテインメントさんがあるのですね。また、海外でのesportsの人気もすごいことになっていて日本でも大会がどんどん開催されはじめていますし、これからゲーム業界は間違いなくさらに盛り上がってくると思います。

息子が昨日の夜『ドラゴンボール ファイターズ』をやっていて思ったのですが、私はゲームは仮想現実に対するアプローチの仕方だと思っています。今後、仮想現実がもっと身近なものになり、生活の一部になった未来が訪れるとしたら、それに対応する能力というのはゲームから培われるのではないかと思っています。

宮河恭夫社長、市川海老蔵さん

宮河:僕は去年、バトルロワイヤルゲームの世界大会をニューヨークに観に行ったんですが、その優勝賞金は3.3億円ほどで、ゴルフやテニスの大会の優勝賞金と同じ規模になっています。今後ゲームをプレイすること自体が、生計を立てる手段のひとつになっていくでしょうし、それが社会的に役に立つというふうに見えてくることもあるはずです。

市川:そうですよね。絶対に必要なものになっていくのではないかと。

宮河:ただそこに安住すると、ゲーム業界はダメになってしまうとも思っているんです。だからこそ、そこからどうやって壊していくかが重要になると思います。そこが逆にやりがいのある、おもしろいところでもあるとも私は思っています。

【取材後記】
前編では、コロナ禍で人々の意識が変わりゆく中で、「さまざまなエンターテインメントが混ざり合い/ひとつになっていく」ことで意気投合したお二人。記事後編では、コロナ禍でのエンターテインメントの在り方や可能性にさらに本格的にお話しいただきます。ぜひお楽しみに!!

後編記事はこちら

【宮河社長対談連載】
第一回 前編 『アイマス』坂上P&『鉄拳』原田Pと考える「リモート時代のエンターテインメントづくり」
第一回 後編 『アイマス』坂上P&『鉄拳』原田Pと考える「テクノロジーが変えるエンターテインメントの形」

取材・文/杉山 仁
フリーのライター/編集者。おとめ座B型。三度の飯よりエンターテインメントが好き。