『エースコンバット』25周年企画【前編】2人のキーマンが語る、『エース』が歩んだ25年

2020年6月30日にシリーズ開始から25周年を迎える『エースコンバット』。多くのファンから愛され続けている本シリーズの歴史について、ブランドディレクターの河野一聡さんと、『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』プロデューサーの下元学さん、マーケティング担当の小松茉利奈さんにお話をうかがいました。記事の最後には、25周年施策の目玉に関する情報も!

You can read this article in English (published March 4, 2021)

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河野一聡

『エースコンバット』シリーズ ブランドディレクター
第2IP事業ディビジョン 第3プロダクションゼネラルマネージャー

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下元学

『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』プロデューサー
第2IP事業ディビジョン 第3プロダクション 1課 アシスタントマネージャー

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小松茉利奈

『エースコンバット』シリーズマーケティング担当
第2IP事業ディビジョン 第3プロダクション 1課

ファンとつないだ25周年。『エースコンバット』シリーズが生まれた背景

――『エースコンバット』シリーズは2020年6月30日に25周年を迎えました。まずは今の率直な気持ちを教えていただけますか?

下元: 1作目が出た1995年は、僕はまだ小学校5年生で、友達の家で初めてエースコンバットに出合いました。3D空間を自由に飛び回れるというのは、当時はアーケードゲームでしか体験したことがないことだったので、それが家でできることに興奮しました。それから随分経って、就職活動期間中に『6』のトレーラーを目の当たりにして、雲やミサイルの煙の表現が素晴らしいと思って。それがきっかけで採用試験を受けました。まさか節目の25周年に、自分がこうして作品にかかわっているとは思ってもいなかったです。

河野:じゃあ、1作目から遊んでたの?

下元:そうなんですよ。もとはアーケードのエアーコンバットが好きでした。

河野:僕の場合は1作目を開発中の1994年にナムコ(当時)に入社して、シリーズのタイトルごとにかかわりの濃い/薄いはありますけど、ずっとシリーズとともに過ごしてきたので、いつも目の前のことに懸命という感覚でした。でも、25周年に際してこれまでを振り返ってみると、今では下元の世代や、『エースコンバット』が始まった後に生まれた世代とも一緒にシリーズにかかわるようになっていて。25年というのは人様の人生にかかわる長さなんだな、と実感します。

ファンの方にも、「25年間本当ありがとうございます」という気持ちでいっぱいです。いろいろな形でお客様が望んでくれたからこそ、『エースコンバット』はここまで続けられたので、ファンのみなさんとスタッフとが一緒になってつないだ25年間だったんだな、と思います。

下元:25年経つと、お客様も『1』の頃とは世代が変わっていて、『7』の発売時には、初期から遊んでくださっていた方が、「今はお子さんと一緒にプレイしている」という話を聞く機会も多かったです。この流れを次の世代につないで行けたらいいな、と思っています。

『エースコンバット』1〜7のゲーム画面
『エースコンバット』と『7』。CGもプレイヤー層も大きく変化した

――この記事の前編では、『エースコンバット』の歴史を改めて振り返っていただきたいと思います。そもそも『エースコンバット』は、アーケードゲーム『エアーコンバット』をルーツにした家庭用タイトルとして、1995年にプレイステーションで発売されました。

河野:当時のナムコにはアーケードゲームを家庭用に移植する黄金パターンがあって、『リッジレーサー』や『サイバースレッド』もそうですが、ゲームセンターに行かなければできなかったことを「家でいつでも遊べるベネフィットにする」ことで、プレイステーション黎明期に黄金時代を築きました。ですが、『エースコンバット』の場合は、『エアーコンバット』の100%再現を目指していたわけではないんです。操作性はアーケードゲームのまま、家庭用コンテンツのニーズとして捉え直したのが初代ですね。

今の『エースコンバット』に重要な要素は、『1』~『3』までに発明されていて、『1』で戦闘機シミュレーターではない“戦闘機パイロットごっこ”のシステムが発明され、『2』でリアルな3D空間を飛び回る気持ちよさが発明され、『3』で佐藤大さんとProduction I.Gさんのご協力をいただきながら、ストーリーでの体験が発明されて――。それが以降のシリーズにつながっていると思います。

『エースコンバット』1~3パッケージ
“戦闘機パイロットごっこ”のシステムが発明された『1』、リアルな3D空間を飛び回る気持ちよさが発明された『2』、ストーリー体験が発明された『3』

シリーズの人気拡大。「止め画」と「無線」でつむぐ物語が生まれた経緯

――そしてプレイステーション2で発売された2001年の次作『04』は、河野さんがアートディレクターを担当し、『1』を越えるヒット作となりました。ここでは、シリーズでお馴染みの無線システムを使ったストーリー展開の手法が発明されていますが、これはどのように生まれたものだったんですか?

河野:当時はまだ十分な予算がなかったのですが、無線で喋ってもらえば、「描くことができない背景まで描けるんじゃないか?」「ドラマを作れるんじゃないか?」というアイデアでした。また、『3』とは違う『04』どうつくるかを考えたときに、これも予算がなく、止め画でストーリーを語るアイデアを思いついて、当時から気鋭のスタジオだったスタジオ4℃さんに連絡を取りました。その結果、今思うと失礼なお話ですが、アニメーション会社に「止め画(=動かさない絵)」を頼むことになったんです(笑)。これは若さゆえにできたことですね。そして、そこで片渕須直監督をご紹介いただきました。

『エースコンバット04 シャッタードスカイ』ゲーム画面
スタジオ4℃が手掛けた止め画

――『04』で確立された無線でストーリーを描く手法は、プレイヤーの周りの要素までを丁寧に描くことで、間接的に物語を伝えて高い没入感を生むという、『エースコンバット』シリーズの物語の伝え方を象徴するようなアイデアのように感じます。

下元:実際、この無線の発明が、その後の『エースコンバット』シリーズの流れを決めたんだろうな、と思います。今『エースコンバット』を遊んでくださっている方は、作品を通して「英雄体験をする」ということを楽しみにしてくださっていますが、それが固まったのが、『04』の無線システムと、片渕監督のストーリーラインだったのかな、と。

河野:ただ、当時はそこまで具体的に考えていたわけではなく、「ただ最高に楽しいものをつくろう」という感覚でした。そして続く『5』では、より仲間との密接な関係の中で物語を伝えていきました。『5』のときは、僕個人だと、片渕監督とメールで四六時中ずっとやりとりをしていたのが思い出で、このときに本当に多くのことを監督に学びました。

「スケジュールや技術を言い訳にして、お客様に伝えるものを妥協してはいけない」「僕が諦めると何も実現できない」ということを厳しく教えていただいて。僕が監督業をできるようになったのはこの経験があったからで、そのいろはを監督にすべて教えていただいたんです。

下元:『04』はヨーロッパ映画的な感情に訴えるようなストーリーの描き方、『5』はハリウッド映画型のストーリー展開になっていて。これを片渕監督と河野さんをはじめとする同じ方々がつくっているというのは、後で知ったときに衝撃を受けたことでした。

『エースコンバット』04~5パッケージ
ヨーロッパ映画的、ハリウッド映画型的と、対照的なストーリーの描き方になっている2作品

――そして、2006年の『ZERO』を挟んで、2007年にはXbox 360専用タイトル『6』がリリースされました。

河野:ZEROと 『6』は同時並行で開発が進んでいましたね。『6』はハードがXbox 360になったことで、より多くの敵を出せるようになり、「大軍 vs 大軍」というコンセプトで制作しました。また、プレイヤー4人で協力してミッションをこなす共同戦役は、時代的にもオンラインプレイへの需要が高まる中で実装したものでした。

『エースコンバット6 解放への戦火』ゲーム画面
ゲームハードの進化と共に実現した「大軍vs大軍」

下元:この頃って、ゲームエンジンが目立ち始めていて、日本のゲーム会社の勢いが、少し弱い時代に入ってたと思うんです。それを当時はまだお客さん側の立場でしたが感じていました。その中で、店頭で『6』のトレーラーを観て、「ハイエンドな作品で世界と勝負していこう!」という気概を感じました。

河野:そういう声の一方で、半ば強制的に制作チームの代替わりをしようとした頃でもあって、プロジェクト自体は悩みはじめた時期でもありました。とはいえ、同時に「常によいものをつくらなければならない」という、誇りや意識が形成されたのもこの時期だったと思います。そして、次の『ASSAULT HORIZON(以下AH)』で、僕らは一度大きな失敗をすることになるんです。

『エースコンバット6 解放への戦火』パッケージ
ゲームを取り巻く環境が変わり始めた時代に、改めて「よいものをつくらなければならない」と誇りを持ち作られた作品

『ASSAULT HORIZON』で実感した「ユーザー感動体験の大切さ」

――2011年に発売された『AH』は、これまで「空を自由に駆けることの楽しさ」に焦点を当てていたシリーズが、「相手を破壊する」という、FPSユーザーにも訴えかけるような方向に大きくシフトチェンジしたことで賛否を呼んだ作品でした。

河野:当時の僕らは、シリーズを続けていくためにも、次の作品はどうするかを考え直さなければいけない局面に立たされていて。このとき、社内では「当時盛り上がっていたFPSの市場に合わせて、『エースコンバット』を変えてくれ」という話が出たんです。今思うとよくなかったのは、このとき、本心では賛同できていなかったのに、「そうあるべきだ」と思い込んでしまったことだったと思います。お客さんの気持ちよりも、会社としての都合を優先してしまった――。つまり、本当の意味で「お客さんの視点」に立てていなかったんです。そのうち「変える」という手段自体が目的化してしまって。

下元:ただ、『AH』でもいろいろな発明を加えていて、特にカメラワークなどは、機体ごとに異なるカメラをつけて、シリーズの中でもリッチなつくり方をしています。当時僕は仕様を制作していたので、「今までにない攻めたことをしている」という気持ちでいたのを覚えています。ですが、いくら最新の技術やアイデアを積んでも、お客様の望んでいない方向性に進んでいたら、それはいい結果を生まないことを、実感したというか。これは苦い経験でした。

『エースコンバット AH』ゲーム画面
機銃の先、爆撃機のハッチ内などさまざまな視点で捉える迫力のドッグファイト

河野:発売直後、レビュー収集サイトの点数を見たときのことをよく覚えています。自宅でタバコを吸いながら、とても低い点数を見た瞬間に、僕はもう膝から崩れ落ちてしまって……。ですが、この経験があったからこそ、僕自身も、『エースコンバット』シリーズ自体も、お客様に寄り添うこと、ユーザーの感動体験の大切さを、やっと本当に実感したと思います。そこで、初めて大掛かりな反省会を開き、『エースコンバット』にファンが求めていることは何かを文章にしたためました。『エースコンバット』では、それが今も守られています。

『エースコンバット AH』パッケージ
『AH』に寄せられた評価で、お客様に寄り添うこと、ユーザーの感動体験の大切さを実感

『エースコンバット』は止まらない! 最新作『7』と、25周年施策に込めた想い

――そして、『AH』での経験が、河野さんがブランドディレクター、下元さんがプロデューサーを務められた2019年の最新作『7』にも繋がっていくのですね。

河野:『AH』で大きく意識が切り替わって、お客様に満足を超えた感動をしてもらうことがすべてだということに、改めて向き合うようになったと思います。『7』にあたっては、お客様が望んでいるナンバリングタイトルで、ファンが求めていることや、シリーズとしてやってはいけないこと、伸ばすべきポイント、期待を超える感動を、それをお客様にどう伝えるかを改めて考えていきました。

下元:僕は『7』の開発が上手く行っていない中で、途中で合流することになったのですが、合流して半年も経たないうちに、このままプロジェクトを進めるのか中止なのかの判断を会社から迫られました。でも、そのときに、僕も河野さんも「続けさせてください!」とやる意義、必ず成功させますという話をして。僕は河野さんがシリーズにかけてきた想いも、失敗を経てきた経緯も知っていましたし、その「今度こそ」という想いも横で感じていたので。なので制作が再開してからは、「満足できるまで作り続けよう、見届けよう」という気持ちのもと、河野さんを開発現場に軟禁しました(笑)。

河野:(笑)。『エースコンバット』シリーズはどの作品にも愛着があって、シリーズ全体として捉えているので、どんなに辛くても、『7』をちゃんと出したいという意地やプライド、覚悟がありました。そして、その気持ちが向かう先が「お客様に楽しんで、満足を超えて感動してもらいたい」ということだったのは、今思っても正しかったのかな、と安心しています。

25年のうちに、膝から崩れ落ちるような大失敗をして、『7』でも上手く行かない時期があって、それでも会社に投資をしてもらい、いろいろな方に協力をいただいて――。その結果できたのが『7』です。少なからず賛否両論もありましたが、僕としては『エースコンバット』シリーズの中でも、ひとつのターニングポイント、今後のマイルストーンになる作品だと思っています。

『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』パッケージ
「お客様に感動してもらうことがすべて」という考えで苦難を乗り越え、誕生した『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』

――今回の25周年に際しては、さまざまな施策も用意されています。この25周年施策についても、最後に教えていただけますか?

河野:この辺りは、『エースコンバット』チームのマーケティングを担当してくれている小松にお願いしようと思います。小松は『エースコンバット』の1作目が出た後に生まれた世代で、今、25周年にまつわる施策を担当してくれているんですよ。

――では小松さん、よろしくお願いします!

小松:まずは、初の試みとしてLINEスタンプが発売されています。これはシリーズのファンアートを描いてくださっているBouさんにご協力いただきました。

小松:ALPHA INDUSTRIESとコラボしたオリジナルTシャツや、昨年好評だったMA-1規格のフライトジャケットもバージョンアップして発売予定です。

オリジナルTシャツ

小松:また、YouTubeのACE COMBATチャンネルでは、「【お家でACE7メインテーマを弾いてみた】」も公開中です。

ユーザーと空を駆ける音楽を目指して。「ACE COMBAT™/S THE SYMPHONY」の裏側

河野:今年は様々な影響もあり、本来やろうとしていた25周年施策がままならない部分もありますが、その中でも、25年間を支えてくださったみなさんに、感謝の気持ちを伝えたいと考えています。

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『エースコンバット』25周年企画【後編】。最高の「感動体験」を届けるためのチーム論

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【取材後記】
ブランドディレクターの河野さんは、25周年の特設サイトに、「ゲームもシリーズも、人生みたいなものです。」という言葉を寄せられています。実際、今回お話をうかがっても感じたのは、長くシリーズを続けるために、様々な方々の想いが積み重なってきたということ。記事後編では、その中で制作チームのみなさんが大切にしているこだわりや、「ファンのみなさんの感動体験」を目指して行なわれている様々な工夫についてうかがいます!

【取材・文 杉山 仁 プロフィール】
フリーのライター/編集者。おとめ座B型。三度の飯よりエンターテインメントが好き。